『日本エロ本全史』『日本AV全史』など、この国の近現代史の重要な裏面を追った著書を多く持つアダルトメディア研究家・安田理央による最新連載。前世紀最後のディケイド:90年代、それは以前の80年代とも、また以後到来した21世紀とも明らかに何かが異なる時代。その真っ只中で突如「飯島愛」という名と共に現れ、当時の人々から圧倒的な支持を得ながら、21世紀になってほどなく世を去ったひとりの女性がいた。そんな彼女と、彼女が生きた時代に何が起きていたのか。彼女の衝撃的な登場から30年以上を経た今、安田理央が丹念に辿っていきます。(毎月第1、3月曜日配信予定)
※本連載では過去文献からの引用箇所に一部、現在では不適切と思われる表現も含みますが、当時の状況を歴史的に記録・検証するという目的から、初出当時のまま掲載しています。
『日経エンタテインメント!』(日経BP)の2002年5月号から「お友だちになりたい!」という連載が始まっている。飯島愛が各界で活躍するクリエイターと対談するという企画だ。2006年には『お友だちになりたい! 43人のクリエイターとの対談集』のタイトルで日経BPより書籍として刊行されている。
第1回は、飯島愛が大ファンだという『新世紀エヴァンゲリオン』の監督・庵野秀明。その後、村上龍、古舘伊知郎、俵万智、田原総一朗、島田雅彦、渡辺淳一、赤川次郎、阿川佐和子、三谷幸喜、宮本亜門、小松左京など、錚々たるメンツが並ぶ。庵野秀明の他にも富野由悠季、押井守、鈴木敏夫などのアニメ関係者が多いのは飯島愛がアニメ好きだからという理由らしい。モンキー・パンチ、北条司、楳図かずお、一条ゆかりなど漫画家も多い。
飯島 大丈夫ですよ。まだ現役だし、ガンダムを超えるものをたくさんつくればいいんだから。私もアニメのアイデアがあるんですよ。すごく当たるはずなの。
富野 みんなそう思ってやるんだけどね。当てるのは大変なのよね。僕が今考えてる新企画のテーマは純愛なの。それで『ベルサイユのばら』と『キャンディ・キャンディ』を昨年(01年)初めて全部読んだけど、本当にすごいと思った。
飯島 その新企画は、女の子が原作を書かないとダメだと思いますよ。私が書きましょうか。
富野 ストーリーラインができあがったらチェックしてもらおうかな。で、原作は連名で願いたいな。
飯島 いいですよ(笑)。キャラクター設定も2人ぐらいさせてもらいますよ。
田原 (前略)オウムに興味あってイラクに興味ないって、なんで。
飯島 オウムは日本語だし、変な話、上祐は情熱的に話してたじゃないですか。上祐かっこいいっていう人もいたくらいで。政治には全く興味ないんですけど、田中真紀子さんや鈴木宗男さんとかは面白かった。感情的になって泣いてたりとか、ライブな感じが。それと同じかな。
田原 自分の言いたいことをどんどん言う人は、どこの世界でも排除されていくね。僕は飯島さんはよくもってると思う(笑)。
飯島 それ、よく言われます。私も不思議です。
田原 飯島さんは、相当本音をしゃべってると思う。
飯島 自分の中で自信がないことや納得してないことは発言できないから。情報とかはすごく疑ってるんです。
田原 疑った方がいいよ。
富野由悠季、田原総一朗という一癖も二癖もある大物相手にも怖気づくこともなく、無邪気なほどに自分の意見を述べている。田原総一朗の「飯島さんは、相当本音をしゃべってると思う」という感想のように、この頃の飯島愛の芸能界でのスタンスは、「物怖じせずに本音を話す人」というものだった。
古くから芸能界には、「本音で話すこと」を許されるスタンスのタレントがいる。かつてはその役割を、いわゆる「おネエタレント」が一身に担っていた。「テレビに出演する『おネエタレント』の役割・期待・演出と言語行動の関わり」という論文(2018年)の中で、立教大学国際化推進機構グローバル教育センター(当時)の河野礼実は、「おネエタレント」役割の一つとして「毒舌・批判する」を挙げている。ちなみにここでは、「おネエ」とは「生物学的に男性だが(あるいは男性であったが)、装い、しぐさ、言葉遣いなどで女性ジェンダーの特徴を有する人」と定義づけられている。
近年ではマツコ・デラックスが代表的存在だが、過去にはおすぎとピーコ、美川憲一などが、そうしたキャラクターで知られていた。
移ろいゆく「ギャル枠」
現在の芸能界におけるそうした役割を「おネエタレント」と共に引き受けているのが「ギャルタレント」である。
2023年3月18日に放映されたテレビ番組『まさかの一丁目一番地』(TBS系)の調査では、元祖ギャルタレントをファッションモデルとして知られる梨花だと結論づけた。
梨花は1993年に歌手としてデビューし、その後『JJ』『CanCan』などのファッション誌でモデルとして活躍。同時にバラエティ番組などにも多数出演した。カリスマモデルでありながら自らの恋愛事情などを赤裸々に「ぶっちゃける」キャラクターも人気を集めた。
しかし、やはり時期的にもスタンス的にも、“元祖ギャルタレント”は飯島愛とするのが正しいだろう。
00年代に入ると木下優樹菜や若槻千夏、鈴木奈々といったギャルタレントがバラエティ番組で人気を集め、現在は藤田ニコル、池田美優(みちょぱ)、生見愛瑠(めるる)、古川優奈(ゆうちゃみ)、木村有希(ゆきぽよ)と言ったファッションモデル出身者がこうしたスタンスで活躍している。トーク番組や情報番組のコメンテーターとして「若い世代」の「物怖じせずに本音を話す」キャラクターは、視点を多様化させる上で必要とされ、そこでギャルタレントは重宝される。
芸能界におけるそうしたジャンルを切り開いたのが飯島愛なのだ。
『プラトニック・セックス』の大ヒット以降、飯島愛は新しい形の文化人という側面を見せながらも、『ウチくる!?』『サンデージャポン』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『ロンドンハーツ』などの多くの人気番組にレギュラー出演する芸能人として、芸能界に確固たる地位を固めていく。
しかし30代を迎え、「若い世代」「物怖じせずに本音を話す」という自分が求められているキャラクターにズレを感じ始めていたのかもしれない。
なにしろ1995年の『ギルガメッシュないと』の「卒業」の際に、22歳にして自分を「もうオバサン」だと自称した彼女だ。現在よりも「若い女性」を指す年齢が低い時代の意識だった。
続々と登場する新顔の「ギャルタレント」に居場所を奪われるような気持ちもあっただろう。
エッセイ集『生病検査薬≒性病検査薬』の「A型、さそり座、30歳」という章には、30歳を迎えた時期の正直な気持ちが綴られている下りがある。
もう十分、これ以上は無理で、維持するのも難しい。残された選択肢は、嫌。
かといって、他にやりたいことも別にない。あったとしたら夢のような理想だから、それこそかなり無理だし、人に言ったら笑われちゃう。
(中略)このまま進むと予定では哀しい三十一歳、厄年をむかえ、婦人科の病気で入院。子供の産めない身体になって嘆くんだ。女としての意味を勘違いしてたことを、子供の産めないつらさに、がびん、ちょびん、ハゲちょびん。
以前から、芸能界には長らくいられないだろうという発言を繰り返していた飯島愛だが、すでに大物芸能人の一人という地位にありながら、こうした心情を抱えていた。
そして『生病検査薬≒性病検査薬』の最後の章「がびん、ちょびん、はげちょびん」(このフレーズが気に入っているようだ)では、体調と精神状態の悪さも吐露している。
つまらない。
この半年、全てにおいてやる気がない。
体調が悪くて、寝起きからずっとけだるく、風邪でもないのに普通に熱っぽいの。
嫌いな病院に何度も足を運んだり、人間ドッグにだって入った。
検査結果に異常はなく、むしろどこも悪くないと言われるの。
それでも微熱は続くし、身体はだるい。
(中略)この世界に入って、十年位になるんだけど、正直、飽きた。同じコトしてたら何でも飽きるじゃん。
生活のために働いてるんだよね、今さら生活レベルを落とすのはイヤだからね。
でも、頑張ってないよ。
皆、誰でも、どんな職業でも、上をめざすでしょ? 「さらなる次の場所をめざして」と、マネージャーやスタッフはお尻を叩くんだけど、やりたいと思わないから頑張れない。進まないんだよね、私。
エスカレートする「噂」
2004年頃には、とんでもないデマに悩まされることになる。
80年代末に足立区綾瀬で起こった「女子高生コンクリート詰め殺人事件」に、飯島愛が関わっているという噂が出回ったのである。
史上最悪の事件とも言われる「綾瀬・女子高生コンクリート詰め殺人事件」の主犯格・●●(引用者註:原文には本名)が、再犯で逮捕されたという衝撃的なニュースがもたらした余波は、芸能界にも意外な形で飛び火している。
(中略)今回、槍玉にあげられているのは、人気タレントのI・A。バラエティの常連としてだけではなく、辛口コメンテーターや作家としても活躍中のマルチな才能の持ち主だ。そんな彼女に疑惑の目が向けられるようになったのは、レギュラーコメンテーターとして出演している、ある番組内での彼女の不審な言動に端を発する。あるマスコミ関係者によれば、
「●●の事件発覚直後の7月11日に放送された某局の報道番組『S』の中でコンクリ事件が取り上げられたのですが、コメンテーターとして出演していたI・Aの様子があまりにも不自然だったのです。彼女のキャラクターからして、一般論として少年犯を擁護するような発言をしたのはまだいいとしても、事件当時、綾瀬で恋人と同棲していたのもかかわらず『そんな事件があったことはまったく知らなかった』と言い張ったのは、不自然を通り越して、何か触れられたくないものがあるために、シラを切ったとしか見えませんでした。しかも、普段は歯切れのいいコメントでシラれるI・Aが、この話題に関しては、終始しどろもどろになっていたのです。動揺しているのが手に取るようにわかりました」
(中略)エスカレートする一方の疑惑に対し、I・Aの事務所関係者は「事実無根。根も葉もない噂です」と否定するが、一部では「瀕死の女子高生の顔や陰部にサインペンで落書きした女が、実はI・Aだったのではないか」などという悪意に満ちた噂も一人歩きしているという。関わっていない、というならそれに越したことはないのだが…。
(『実話GON! ナックルズ』2004年11月号)
この噂はネットを中心に広まったのだが、『実話GON! ナックルズ』の記事を読んでもわかるとおり、飯島愛が一時期綾瀬に住んでいたらしいということと、番組中の挙動が不自然だったという印象だけで、彼女が事件に関わっていた根拠は全くない。
飯島愛のブログのコメント欄にも、この事件に関しての書き込みがあり、本人が否定する騒ぎとなった。
コメントされている、足立区監禁事件との関係。私が、殺人事件に関係している。と、だいぶ前から噂されてたらしい。私は、殺人事件に関わった事実はありません。なんて、公言する必要性があるなんて…。
(2006年19月23日)
こうした身に覚えのない、言いがかりのような疑惑をかけられることも、大きなストレスになっていたのだろう。
そして2007年、飯島愛はひとつの決断をする。
筆者について
やすだ・りお 。1967年埼玉県生まれ。ライター、アダルトメディア研究家。美学校考現学研究室卒。主にアダルト産業をテーマに執筆。特にエロとデジタルメディアの関わりや、アダルトメディアの歴史の研究をライフワークとしている。 AV監督やカメラマン、漫画原作者、イベント司会者などとしても活動。主な著書に『痴女の誕生―アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕 生―大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』、『日本エロ本全史』 (以上、太田出版)、『AV女優、のち』(KADOKAWA)、『ヘアヌードの誕生 芸術と猥褻のはざまで陰毛は揺れる』(イーストプレス)、『日本AV全史』(ケンエレブックス)、『エロメディア大全』(三才ブックス)などがある。